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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)1331号 判決

上告人

甲野太郎

被上告人

乙野花子

被上告人

乙野次郎

右法定代理人親権者

乙野花子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

民法七七二条により嫡出の推定を受ける子につき夫がその嫡出子であることを否認するためにはどのような訴訟手続によるべきものとするかは、立法政策に属する事項であり、同法七七四条、七七五条、七七七条がこれにつき専ら嫡出否認の訴によるべきものとし、かつ、右訴につき一年の出訴期間を定めたことは、身分関係の法的安定を保持する上から十分な合理性をもつ制度であつて、憲法一三条に違反するものではなく、また、所論の憲法一四条等違反の問題を生ずるものでもないことは、当裁判所の判例の趣旨に徴して明らかである(昭和二八年(オ)第三八九号同三〇年七月二〇日大法廷判決・民集九巻九号一一二二頁、昭和五四年(オ)第一四九号同五四年六月二一日第一小法廷判決・裁判集民事第一二七号登載予定参照)。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤崎萬里 団藤重光 本山亨 中村治朗)

上告人の上告理由

一、判旨によると、本件は親子不存在確認の訴えとして認められない事件であり、かつ、民法第七七四〜七条嫡出否認の訴えにも該当しない事件であるとする。

二、したがつて、一、二審とも相手方の出席すらみられずに上告審をむかえた、つまり上告人の敗訴という形で、とんとん拍子で最終審となつたわけである。

三、しかし、親子不存在を認められないとする判旨の態度および民法の嫡出否認(の訴え)の規定は何れも憲法第十三条、第十四条、第二十四条に反して無効である。夫婦は社会におけるもつとも本源的な人の集りである。この中にある事柄の真相を当事者が不知のまま不問にすることは、あらゆる社会構造の問題点を避けて通ると云うことに通じている。思うに身分関係は全人格的結合であり、具体的な事実関係より成り立つものである。

したがつて、抽象的観念的に判断すべきものではない。もし事実に反するものがあればあくまでもこれを真実にそくして解決すべきである。夫の嫡出性の否認について一年の期間は余りにも短すぎる。この期間のうちに夫は、この訴えで考慮されるという、自己の生殖能力、血液型、懐胎期間中における妻の男関係を知りうることはまず不可能である。隠し子の一種つまり無形の隠し子というべきものであるからその確認はむずかしい。イギリス法は嫡出性の否認に期間をもたない。ことに一九六九年の改正法により血液テストが導入され、一定の制限のもとではあるが嫡出性否認の範囲は拡大された。諸法制をみると制限を厳しくしているが所詮は、洋の東西を問わず世間体を気にしているためである。しかし、これを秘事にすると生物学的にも社会学的見地からも好ましい結果をもたらさない。それ故に、個人の尊厳を認める憲法、法のもとに平等を認める憲法、ことにこれを公共の福祉に反しない限り認めた憲法の趣旨からして嫡出性否認に期間をもうけたり、また一定の状況のみに制約するのは妥当なものではない。できるだけ広範囲に認めるべきである。本件は親子不存在確認の訴えの形で争われているが、この場合でも同様である。

ことに本件は相手方が随徳寺をきめている。鑑定も必要な事件であるが、それすら認められず、一方的に、上告人を敗訴させた下級審の態度は妥当ではない。職権探知も(職権をもつて)行使したのか不明である。その意味において判旨は認められない。

四、ことに性の問題は、人を失脚させる手練手管として利用されることもままあり、とくにそれを栄誉栄達の踏み台として行使するものもある。失脚工作された後で気が付き切歯扼腕してもはじまらないことすらある。そこにはアルキメデスでも分からない人間の評価の切り下げがあつたりする。立原正秋の小説ではないが家元とか云う人々は地位維持のため隠ぺいすることも必要となり、あとに山積した問題を残すことがある。学者は認知権の金銭の放棄は認めないなど原則的に云うが、ここに同ような現象を残すことに無神経である。ことに精神科医が登場し一役買うとなると隠ぺい工作も決定的なものである。本件はまさにそのケースである。随徳寺は果たして炎上したのか、それとも燃えたのは秋だけか定かでない。ともあれ、上告人の私生活は私的生活はみだりに公開されたくないと云うプライバシーの権利があるにもかかわらず筒抜けの状態にある。かかる異状な本件の審理はもつと誠意をもつてなさるべきである。資金を得て行方が分からないのだとしたら審理の仕方によつてはとくに何等かの歯止めが出来たはずである。したがつて裁判所の公平さを望みたい。憲法第三十二条はかかることがらを認めていると思う。したがつて原判決は違法であり破棄さるべきである。

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